レジデンス・プログラム
国内クリエーター制作交流プログラム
更新日:2019.11.26
荒木 悠
参加プログラム | 国内クリエーター制作交流プログラム |
活動拠点 | 日本/アメリカ |
滞在期間
| 2011年5月 - 2012年3月 |
滞在目的
拠点を日本に移したこともあり、これまでの活動を集中的に更新できる場を求めていたところが大きい。レジデンス滞在中は様々な人たちと対話し、刺激を受けながら思考できることを期待している。また、映像表現を主軸に定めつつも、いろいろな可能性を試すことができる時間としてレジデンスを有意義に活用できればと思う。海外からのアーティストや研究者が数多く訪れるTWSという環境を活かし、交流から生まれたアイディアを積極的に取り入れた結果を作品として還元できればと思う。
滞在中の活動
・個人制作のさらなる展開と方法論の組み立て
・言葉による作品のプレゼンテーション力を磨く(日・英両方のトレーニングとして)
・滞在クリエーターをインタビューし、物語要素を集める
・コラボレーション、または即興性を重視した制作の実践
・国内作家と滞在クリエーター及び国内の同世代作家を積極的に繋げる
・ワンダーサイト内のライブラリーを有効活用し、他レジデンスやアーティスト/作品をリサーチ
滞在レポート
【5月~8月】
これまでに行ったリサーチ及び制作活動について
・オープンスタジオでの実践と検証
基本的に過去二回のオープンスタジオでは、韓国の展示に関する過程を、構成し直して提示してみた(第一回目のオープンスタジオも、「Big Numbers」プロジェクトの予行演習であり、機材テストと過酷な制作を乗り越える上でのメンタルトレーニングという側面を持ち合わせている)。ただ、それに限らず、毎回意図的にベクトルの違うことを実践することで、観客との距離の取り方を自分なりに測る実験として有意義な収穫であったと思う。
・国際展参加に向けての制作
韓国の団体Haein Art Projectよりコミッションを受けた「Big Numbers」という作品は、個人的に作品そのものの規模、予算、そして関わってくれた現地ボランティアの人数含め、過去最大級のプロジェクトへと発展していった。海印寺に保管されている八萬大蔵経版から着想を得ており、大きな数を表す「八万」という抽象的な概念を、身近な物質(石)に置き換えて把握し、制作(石に一つ一つ1から80,000までマジックで番号を振る)行為を通して追体験する試みである。なお、現地制作中に米国における仏教研究の権威であるL.ランキャスター教授が訪問、途中経過の作品を見て絶賛され、氏から「この作品は、大蔵経版の一千周年記念を祝う一大文化事業という文脈の中で、改めて現代においてその偉大さや理解に繋がる」と激励を受けた。Bill ViolaやXu Bing, Zhang Huanらも出品する予定の本展覧会で、中には仏教のアイコンを全面的に引用している作家の作品も展示される中、シンプルな普遍性を追求し、尚かつ国立公園敷地内で自然物にマジックで直に書く、というややパンクな要素を持ち合わせた本作がどのように受け取られるのか興味がある。
・交流を重視した自主企画展の準備
8月26日から都内のgallery+café: tayutaにて、アメリカの学部時代の友人と共同で自主企画「ALMOST DOWN」展の準備をしている。予算が全くないので、展示空間含め、出品作家達との関係も個人的な信用(と友情)のみで成り立っている。小規模な空間ながら30名以上の作家に協力してもらえることになり、TWSを通して友達になった作家数人からも作品提供をしてもらえることになった。これまでの数々の出会いを通してセレクトされた、「面白さ」の基準を提示することと、この展示を通してまた新たな出会いや交流の場として繋がることを目標としている。
成果、今後の活動について
制作面において、TWSでレジデンスを始めてからの活動は、全て誰かしらの協力を得た成果である。このことは、レジデンスに入ってから意識的に取り組んで行こうと思っていた課題でもあるので、これまで個人制作の多かった私にとっては大きな飛躍であった。共同で何かを作り上げていくことに不慣れな為か、自分自身の判断基準のブレが目立つこともあったが、成果展に向けての見極めや経験値を上げていければと思う。
交流という点では、これまでのレジデンスプログラムは、個人的にとても充実していた。特に、作家として自分自身の活動をしっかり持った国内クリエーターの先輩方の存在は刺激的で頼もしく、(若干焦りも感じてしまうが)彼らを大きな指針としつつ、目の前のことをしっかり実践していきたい。
韓国への出品作の制作に、予想を遥かに超える時間と労力を奪われてしまい、当初レジデンス内での活動予定としていたレジデントとの対話による物語蒐集も、思うように取り組めてない。これまで基本的に、話をするのみに留まっているため、徐々に自分の中での目的を整理し、記録として残す方向にシフトしていければと思う。
・オープンスタジオをどのように活用していくかで、成果展のイメージが掴めてくる気がする。構想として、今後は、来てくれた方との会話に重点が置かれる展開を考えている。
・海外クリエーター達との交流の中で、日本に対するシンプルな問いや疑問には、無意識のうちに慣れてしまった自分自身の視野に風穴を空けてくれることが度々ある。この中間的な立ち位置から見える風景を、どうにかして残すことができないかについて考えており、実験していく必要がある。
・月一で大学院の友人と行っている制作に関する勉強会を青山で開くことも可能であるし、アクセスが良いTWSの立地条件を活かしてオープンスタジオに限らず外部からゲストを迎え、スタジオビジット形式で頻繁に作品を見せられる場作りを目指したい。
印象に残ったエピソード
【南半球の犬の話】
オーストラリアからのレジデントSさんは、大の親日家。性格も明るく豪快で、彼女とは会った途端にすぐ仲良くなれた。しかし、彼女がTWSに来て二日目くらいの朝、共同キッチンで再び会うと前日とは打って変わって妙にションボリしている。理由を訪ねるとオーストラリアの自宅で留守番をしているボーイフレンドから連絡があり、彼女の子犬が家から逃げたとのこと。親日家である故か、「TAKARA(=宝)」と名付けられたその子犬は、飼い始めてまだ間もないため、トレーニングはおろか自分の家すらわからないだろう、と。そしてオーストラリアはこの時期冬である。「愛する子犬が寒さで凍えているのに、何もできない...。嗚呼、無力だわ。あたしはこんな外国で一体何をしているの...。」滞在二日目にして、早速の悲劇である。早くも憔悴状態な彼女の表情。話を聞きながら、私は想像する。冬の南半球の大地を、飼い主を探し奔り続ける一匹の子犬の、どこか美しささえ感じるその情景を。無力どころか、私には想像して同情することしか出来ないので、その日は共に地球の反対側にいる子犬の行く末を案じていた。(ちなみに「宝」は次の日発見され無事保護されたそうです。)
【カラオケ・ナイトにて】
初来日のレバノン人Aさんが、「カラオケに行ってみたいんだけど...」というのである晩何人かで繰り出した。彼女はどちらかというと物静かで、言い出した割には恥ずかしがってなかなか歌わなかったのだが、後半になってマイクを離さないほどの勢いになってきた。歌う曲は悲しいラブソングが中心である。どれも一応ポップソングのはずなのに、なぜか演歌の様にしか聞こえてこない。そして最後の方で感極まったのか、思わず「彼に逢いたい!」と叫んだ。彼女は結婚4年目で、旦那は現在イギリス在住。遠距離で人間関係を保つ難しさと辛さを、私を含むその場に居合わせた全員は、少なくとも経験から知っている。遠く離れた彼を想い、中東訛りの英語で繰り広げられる彼女の歌声には、スキルを超越した純粋に伝えたい気持ちが宿っていた。表現の本質を、渋谷SHIDAXで教わった夜。
制作活動に影響を与えた出来事や出会い
【レジデント間のインフラ作り】
国内外を問わず、レジデントが滞在を始めてから出来るだけ早い段階で全員が顔合わせできるアイスブレーカー的な機会を設けるよう努めている。具体的には、レジデント間のメーリングリストを作成し、会食の呼びかけなど、他レジデントとの交流を含めた最初のキッカケ作りを意識的に心掛けてきた。メーリングリストは携帯電話を持たない海外組との重要なコミュニケーション手段になってきているので、これは今後も継続しカジュアルに取りまとめていければと思う。
【通訳としての観察者】
海外レジデントの数も徐々に増えてくる中、レジデンス内での自分の立ち位置が時として「通訳」のような存在であると自覚しつつある。これまで主に、国内・海外レジデント間の日常会話や物作りにおける話を逐次通訳する機会が多く、お互いの思考をまず自分の言葉で理解し、相手に伝えなければならない一連のこの作業は、責任が付きまとうがこの上ない特権である。TWSでの生活で、今までに無い頻度で通訳的な活動を行うことは、日本語と英語両方の勉強としてとても有意義なトレーニングになっている。そして、これまでのやりとりをキッカケに、同じく国内クリエーターである危口統之さんから依頼を受け、海外クリエーターのサラ・ゴフマンの通訳役として、吾妻橋ダンスクロッシングにおける「悪魔のしるし」の舞台に出演することに結びついた。初めて、活動として評価してくれた危口さんの計らいに感謝している。交流を通じて知り合った彼の活動はとても興味深いので、間近でそのプロセスを目の当たりにできるのは制作活動面で大いに価値ある経験となりそうだ。
外部活動
Haein Art Project, An International Exhibition of Contemporary Art Haeinsa Temple (国際展) 8.6~11.6
国名:大韓民国
場所:慶尚南道陜川郡
会場:海印寺(ユネスコ世界遺産)
内容:高麗八萬大蔵経版の一千周年を記念して、9月23日から開催されることになった国際展に参加が決定。6月22日から7月9日まで韓国に滞在し、展示作品の現地制作を行った。
ヨコハマトリエンナーレ2011 "OUR MAGIC HOUR"(国際展) 7.23~8.25
国名:アメリカ合衆国
場所:カリフォルニア州サンタモニカ
会場:Shoshana Wayne Gallery
概要:チェーンレターの呼びかけのみで実現したグループ展に作品を出品。企画者であるChristian CummingsとDoug Harveyが10名の作家に送ったメールが転送され続け、最終的には1600人にも及ぶ作家が参加、ギャラリーには夥しい数の作品が集まり、全て展示された。
Chain Letter Exhibition(グループ展)7.23~8.25
国名:アメリカ合衆国
場所:カリフォルニア州サンタモニカ
会場:Shoshana Wayne Gallery
概要:チェーンレターの呼びかけのみで実現したグループ展に作品を出品。企画者であるChristian CummingsとDoug Harveyが10名の作家に送ったメールが転送され続け、最終的には1600人にも及ぶ作家が参加、ギャラリーには夥しい数の作品が集まり、全て展示された。
Theory of Everything(グループ展・上映) 6.11~8.20
国名:アメリカ合衆国
場所:テネシー州ナッシュビル
会場:Gallery F, Scarritt-Bennett Center
概要:奥村雄樹氏企画のヴィデオ・スクリーニングに参加。旧作を上映。
【5月~8月】
これまでに行ったリサーチ及び制作活動について
国際展参加後の下半期は、プロセスの一環として、一日一本映像をホームページにアーカイブする活動を日々行った。これまで撮影してきた素材を吟味し、自分の中で映像を撮ることの価値基準を客観的に見てみる試みであった。ウェブに載せることで第三者から見られる状況を作り、ある一定の緊張感を保ち続けて制作することができたのは有効であった。
リサーチ活動は、釜山・ソウル・小笠原諸島・宮崎・岩手・宮城と比較的頻繁に取材することが出来た。訪れた場所では収穫が大きく、改めて自分の映像における「移動」や「観察」といったテーマの存在を確認した。
成果、今後の活動について
前期の反省を踏まえ、オープンスタジオに来てくれた方々との対話に重点を置く展開へと変えてみた結果、毎回映像素材に対する反応を直に知ることができ、成果展での鑑賞者のことを考える上でも非常に有意義な判断であったと思う。
交流面においては、申し分ない関係が保てている。限られた時間ではあるが、それぞれのレジデントとの対話は非常に刺激的で、視野や意識を拡げられている。レジデンスを通して知り合ったアーティストとのコラボレーションや展示の誘いが来ているのは有り難く、この関係を相互に生産的な方法で今後も築けて行ければと思う。
他人との共同作業で、忙しくなることは決して悪いことではないのだが、多忙さが増すに連れ、自分の真に興味のある事柄に対し、どこか蔑ろにしてしまった傾向が否めない。日々制作していく中で、作品の質を更に高めるためには、ある程度思考の余白を残していくことが今後の自分自身への課題である。
オープンスタジオに関しては、成果展を前に今後は見せ方の研究として活用していければと思う。
①今後の活動は主に成果展に向けての準備期間となる。
②一月にTWS渋谷で公演される悪魔のしるしの新作演劇『(S)AKU(R)mA NO S(ONO)hirushi』への参加が決まっている。出演だけでなく、舞台上での映像を手掛ける予定であり、まだ試した事のない分野で可能性を探る。
③ウィット・ピンカムチャナポン氏、ディン・Q・リー両氏よりタイ、ベトナムに来るようにと個別招待を受けており、二月上旬に成果展出品の作品制作も兼ねて短期滞在し、素材撮影を行う予定。
印象に残ったエピソード
『アートの課題』を通して得た交流は、貴重な時間であった。アジアから来た若手3名との交流はとても濃く刺激的で、最近個人的に興味のあるアジアにより一層魅力を感じるようになった。マスターアーティスト達とのメンタリングは、この上ない機会であり、大学講評以来の大変実りある会話が持てたのは、今後の制作に示唆を与えることであろう。
レジデントのグリッサゴーン・ティンタップタイ氏、田村友一郎氏と行った小笠原諸島や宮﨑県高千穂エリアの撮影旅行では、彼らの撮影や物事に対するアプローチを間近で見ることができ、感化されるものがあった。レジデンスも勿論良いのだが、一緒に小旅行で得る経験や、築く絆もまた制作を通り越した関係に強さがある。
レジデンスを通して知り合った危口統之さんとは、相性があったのかこれまで2回の演劇作品に参加させてもらい、より深く関わりを持てるようになった。危口さんの培ってきた制作における思想や眼差しはインスパイアされることが多く、彼の活動に関われたのは財産だと思っている。
制作活動に影響を与えた出来事や出会い
国内クリエーターがTWSの外部で活動を行っている場合は、海外レジデントたちと応援に駆けつけるツアーを自主的に企画した。これは、単に展示を見るだけでなく、国内クリエーターだからこそ知っている魅力的な日本の一部を紹介することにも繋がったので、海外レジデントはそのことにとても満足していたのがとても嬉しかった。
その他にも、レジデント間で興味のありそうなオープニングやイベントなどに積極的に誘い、自身の知り合いに紹介し、外部との交流を積極的に接続できるよう努めた。
自分の外部活動で海外に行ったときも、ワンダーサイトのオープンスタジオにたまたま来てくれた方を知っている第三者の作家と出逢う機会があり、その作家を通して知り合いの輪が広がる瞬間があった。点から線へと交流が結びついてきている実感が持てた。
外部活動
ALMOST DOWN (自主企画展) 8/26 - 9/2
東京・千駄ヶ谷のgallery+café tayutaにて小関アドリアン清人と共に自主企画展を開催。
国内外のアーティスト35名の作品を展示・構成。
Streaming Festival 6th Edition (国際スクリーニング) 12/1 - 18
デン・ハーグ(オランダ)発オンライン・ストリーミング・フェスティバルに選出される。
「Video Happenings」プログラム内で旧作を出品。
http://www.streamingfestival.com/
「ジュン・ヤン忘却と記憶についての短いレクチャー」 12/11 - 21
東京藝術大学大学院美術研究科博士審査展2011
奥村雄樹氏のヴィデオ作品の英語字幕制作を担当
通訳/翻訳という観点に加え、自己や内的な要素を拡張させる現代美術作家ジュン・ヤンと奥村雄樹両氏の制作に対するアプローチには参考になる事柄が沢山あり、自分の制作上でも得たものが大きかった。
クリエーター情報